植物研究助成

レーザーセンシングを使った樹木葉蛍光の観測で、農業振興・自然保護に役立つ新たな光環境情報工学を

『蛍光ライダーを用いた航空機植生観測シミュレーション実験』
<第27回(平成30年度)助成>

信州大学 学術研究院 工学系
電子情報システム工学
教授
齊藤 保典さん (工学博士)

1978年、岩手大学工学部電気工学科卒業。80年、東北大学大学院工学研究科博士前期課程電子工学専攻修了。同年、信州大学工学部助手。92年、同学部助教授。この間、米国・南フロリダ大学物理学科博士研究員、スウェーデン・ルンド工科大学物理学科客員研究員、仏・電磁光応用研究所/スイス・EPFL客員研究員として研究に携わる。2004年より現職。学生時代にレーザー光の美しさに魅了され、それが仕事になってしまつた、と語る。以来、一貫して「光センシング技術」の開発に従事。光を通じて人間と自然の関係を見続けている。
   樹木の葉に紫色レーザーを当てるとピンク色の蛍光を発する
樹木の葉に紫色レーザーを当てるとピンク色の蛍光を発する
 

レーザーセンシングを植生観測に応用した直感

----「光センシング技術」のご研究を始められたきっかけをお教えください。
私は、山形県村山市の出身で、豊かな自然の中で育ちました。太陽が昇ると寝てられない、沈むと眠くなる、という性質でしたし、光が絡む自然現象が好きでした。雷なんかは大好きでしたね。大学の卒業研究で窒素レーザーを作りましたが、これは制御された雷みたいなもので。青白く光って、バチィ―ンと強烈な音はするし、ちょっと間違うと適当にシビレて気持ちが良かったり。実験は楽しかったですね。その延長で、大学院の修士課程では、レーザーの研究室に在籍しました。光(レーザー)を背景にした、自然環境と人間の生活圏の繋がりに興味を持っていたので、今の研究「環境情報の光センシング」は大変気に入っています。

----植生観測や樹木葉蛍光に着目された理由についてお教えください。
地球の自然環境は“光”に満ち溢れています。このことは、自然環境自身が光と色々な相互作用を行っている、と捉えることもできます。自然と相性の良い光は、環境を調査するための優れた“手法”になります。先人の研究も調査しましたが、自然界の植物の光合成などの生態を、光(レーザー)を使って調べることに、直感的なひらめきを感じました。植物は、大気や水などの環境、人間の農業や生活などの営みにとって、大変に重要です。そこで、植物に含まれるクロロフィルや有機分子等に微弱なレーザーを照射した際、発光する「蛍光」のスペクトルを観測する手法を開発。このデータの蓄積によって、さまざまな植物の繁殖状況や成長具合い、周りの環境へ与えている影響など、人間の生活圏にとって役立つ新たな情報領域を構築できるのでは、と考えました。

航空機蛍光ライダーの観測シミュレーションは世界で数例

----従来の植生観測と、先生の「蛍光LIFSライダー」観測の違いは?
これまでの植生観測で大がかりなものは、地球観測衛星を使い、全地球規模で植物の状況をさまざまな波長の光によって計測する手法でした。ただ、この場合、計測エリアが広すぎて、取得情報の分解能も粗いため、有用な情報とするには地上の観測者による物理的・化学的検証が必要でした。つまり、両者の情報には、地域の農業や生活に役立てようとすると、だいぶ乖離があります。そこで、両者の中間的な計測によって、双方を繋ぐ情報が必要となります。私たちの用いるLIFS(Laser Induced Fluorescence Spectrum:レーザー誘起蛍光スペクトル)ライダーとは、レーザー光を使い、植物クロロフィル蛍光を計測する機器です。想定しているのは、航空機に蛍光ライダーを積み、低空飛行で計測する手法です。今回の実験では、小型軽量化した可動式で、車載可能な電源自立型のものも開発しました。

設置タイプの蛍光ライダー。使用時は左手の窓を開けてレーザーを照射し観測する
設置タイプの蛍光ライダー。使用時は左手の窓を開けてレーザーを照射し観測する
  車載タイプの可動式蛍光ライダー。自立電源も備える
車載タイプの可動式蛍光ライダー。
自立電源も備える

蛍光ライダーのレーザー照射機(上部)と蛍光受光用の反射望遠鏡(下部)
蛍光ライダーのレーザー照射機(上部)と蛍光受光用の反射望遠鏡(下部)

----今回のシミュレーション実験の概容について、ご教示ください。
まず、蛍光ライダーを使い、自生するケヤキを対象に遠隔植物蛍光スペクトル観測をしました。7月から11月まで、樹木から約27mの距離で、クロロフィル蛍光スペクトルの685nm(Red)と740nm(Far-Red)の強度比を求め、サンプル葉を化学分析したクロロフィル濃度値と比較して、ケヤキ樹木のクロロフィル濃度分布図を作成、推移データを検証できました。次に、前述の蛍光ライダーを車載化し、雑木林を対象に遠隔三次元分布観測を行いました。8月と11-12月に集中観測し、水平と垂直に各1.5mの分解能を検出、奥行き距離19.5m〜37.5mのクロロフィル濃度指標と二次代謝産物指標値(460nm蛍光スペクトル)の三次元構造分布図の作成に成功。さらに、この水平データを90度回転させ、セスナ機搭載を仮定して、上空からの観測シミュレーションを行いました。結果、現状で製作可能かつ有用な航空機搭載蛍光ライダーの設計仕様を提案できました。このような実験結果を反映させた具体的な提案は、世界でも数例かと思います。

蛍光スペクトル分解抽出のグラフ
蛍光スペクトル分解抽出のグラフ
  フィールド観測の様子
フィールド観測の様子

植物蛍光の三次元構造分布(8月の集中観測結果)
植物蛍光の三次元構造分布(8月の集中観測結果)
  蛍光ライダーの地上観測と、航空機観測
蛍光ライダーの地上観測と、航空機観測

大規模農業への活用や、自然環境全般での応用を展望

----今後の開発の方向性や、将来展望についてお聞かせください。
今回のシミュレーション設計では、セスナ機やヘリコプターによる高度150m程度からの観測と、リモコンヘリやドローンによる高度25m程度からの観測の2手法が、装置面でも現実的であると提案しています。活用例として、大規模農業などで農作物の生育状況を広くかつ細かく速やかに把握し、栽培の均一化や安定収穫量の確保への貢献が考えられます。また、農業従事者が持つ経験に基づいた暗黙知を、データとして可視化することで、IoTやAIを活用したアグリサーバー構築への足掛かりにもなります。さらに、森林資源の保全や水質管理、食糧問題や防災対応など、広く自然環境全般での応用の可能性には、大きなものがあると考えています。

信州大学工学部電子情報システム工学科(情報工学科)棟(長野市若里)
信州大学工学部電子情報システム工学科(情報工学科)棟(長野市若里)

 (取材日 令和元年5月22日 長野県・信州大学工学部)