市村学術賞

第51回 市村学術賞 功績賞 -03

CRISPR-Cas9の構造解明と新規ゲノム編集ツールの開発

技術研究者 東京大学 大学院理学系研究科
助教 西増 弘志
推  薦 東京大学

研究業績の概要

 近年、生命の設計図であるゲノム情報を人為的に改変する「ゲノム編集」とよばれる革新的技術が脚光を浴びている。ゲノム編集にはCas9とよばれるDNA切断酵素が利用されている。Cas9はガイドRNA(sgRNA)と複合体を形成し、sgRNAのガイド配列と相補的な2本鎖DNAを切断する性質をもつ(図1A)。ガイド配列は自由に設計できるため、Cas9-sgRNA複合体を用いることにより、あらゆる生物のゲノムDNAを狙った位置で切断し、その周辺のDNA配列を改変すること可能である。したがって、Cas9を用いたゲノム編集は基礎研究から動植物の品種改良やヒトの疾患治療といった応用にいたるさまざまな分野において広く利用されている。しかし、Cas9は既知のタンパク質と相同性をもたないため、Cas9がはたらく分子機構は謎に包まれていた。さらに、(1)標的とすることのできるDNA配列には制約が存在する、(2)sgRNAと相補的でないDNA配列も誤って切断してしまう(オフターゲット効果)、などの問題点も残されていた。
 2014年、受賞者はゲノム編集に利用されているS. pyogenes由来Cas9(SpCas9)に着目し、SpCas9-sgRNA-標的DNA複合体の結晶構造を世界にさきがけて決定し、Cas9によるDNA切断機構を解明した(図1B)。SpCas9に加え、様々な細菌に由来するCas9の結晶構造を決定し、その多様な作動機構を明らかにした。さらに、構造情報を基にCas9の分子構造を改変し、新規の転写活性化ツールを開発した。また、SpCas9に7つのアミノ酸変異を導入し、NGGではなくNGというDNA配列をPAMとして認識できるSpCas9改変体(SpCas9-NG)を開発した(図1C)。SpCas9-NGの利用により、ゲノム編集の適用範囲が4倍に拡張され、これまで不可能だった遺伝子の改変が可能となった。これらのゲノム編集ツールは基礎研究から産業応用にいたる多岐にわたる領域において活用されることが期待される。

図1