市村賞受賞者訪問

白色と黒色の材料から作る様々な色の色材の開発

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第48回(平成27年度) 市村学術賞 功績賞

名古屋大学大学院工学研究科
准教授  竹岡 敬和 さん

白と黒の微粒子から様々な色材を作製

 印刷物のインク、様々な製品の塗料、化粧品やアートなどに使われる顔料など、私たちの生活の中で鮮やかな色を示す染料や色材の存在は欠かせない。国際的にも低毒性・低環境負荷性基準をクリアした色材を、低コストで大量に得ることができれば、将来にわたって私たちの暮らしをさらに豊かにしてくれることは間違いない。そのためには、自然由来の成分を使い、環境との調和が考えられた化合物による色材作りが求められる。
 竹岡さんは、色素がないのに微細構造があることで色が出る性質を持った「構造発色性材料」の研究を進める中で、従来の構造発色性色材が持っていた、見る角度で色合いが変わってしまう「角度依存性」を解消することに成功した。加えて、使用される材料も人や環境への負荷が低く、比較的に安価な白と黒の微粒子を混ぜるだけで、角度依存性のない鮮やかで退色しない多様な色の発色を可能にした。例えば、粒径の揃った白い微粒子を、水などに懸濁させて基板上に塗布し乾燥すると、白い膜として得られる。そこに、黒い微粒子を加えると、添加量に応じて鮮やかな色を示すようになる。膜から観測される色相は、用いた白い微粒子の粒径に依存し、色の彩度や明度は加えた黒い微粒子の量によって変わるため、白と黒の微粒子のみによって様々な色を示す色材が得られることを発見した。


黒の微粒子添加量に応じて得られる色の変化

ゲル研究から構造発色性ゲルの研究へ

 竹岡さんは、学生を経て米国での研究員の頃までゲルの研究に没頭し、それが助手時代に今回の成果のきっかけとなった構造発色性ゲルの研究へと発展する。
 「助手時代に取り組んでいた研究は、現在ではスマートゲルと呼ばれており、環境変化や特定の分子を認識することでセンサーなどに活用できます。数百nmの粒径の揃ったシリカ、高分子など極小の玉を密に敷き詰めて並べ、その後、プラスチックで固めて玉だけを抜き出すと、微細に並んだ玉の型がとれた状態になります。これをタコ焼き鉄板のように、容器として使ってゲル微粒子を作成します。できたものは、驚くほどの綺麗な色をしめします。ここで色材の方向に目が向き始めました」。
 微細な玉が連続で並んで発色している状態を「オパール構造」と言うが、鉱物のオパールもキラキラと輝いている部分は粒径の揃ったシリカの玉が結晶のように並んでいて、「コロイド結晶」とも呼ばれている。ゲル素材は温度変化で容積が変わるため、ゲルの中にこうした構造を組み入れると微細な穴自体が温度で収縮・拡張して、それに応じて色が変化する。これが、温度や分子を認識して体積と共に色を変える構造発色性ゲルである。

開発された新顔料で試験的に描かれた北斎の赤富士。原料は白と黒の微粒子のみである

逆オパール構造を有する構造発色性ゲルの作製

ヒントは自然界の青色に。構造色の多様性を解明

 構造発色性ゲルは完成したが、結晶の状態では色に角度依存性が出てしまうため、色材や分子認識センサーとしての利用は行き詰まりをみせていた。そんな時に竹岡さんにヒントを与えたのが生物の発する鮮やかな青色だったと言う。
 「ある時、モルフォ蝶をご専門とされている先生の講演で、『モルフォ蝶の羽根色は構造の規則性と不規則性が混在することで角度依存性のない状態を作れている』『構造にわずかなプラスアルファを加えるだけで、構造色に多様性が出てくる』というお話を聞きました」。
 モルフォ蝶は、南米に生息する鮮やかな蝶で、羽根の青色は色素による色ではない。発色の秘密は、鱗粉に刻まれた超微細な等間隔の格子状の溝と、溝の側面にある棚状の襞の構造にあり、秩序的な溝と不規則な襞が光を干渉し、まばゆい色を発している。竹岡さんは、人工の構造発色性材料を作り上げることで角度依存性の謎を解明しようと考えた。また、同時期に進めていた高分子ゲルの微粒子濃度の研究でも、短距離秩序を有する状態でコロイドアモルファス構造を作ることで角度依存性のない色を示すことが分かり、2009年、これらの研究結果がアメリカ化学会(ACS)にて発表された。
 「これまで構造色は、光の波長の周期的な構造によって生じていて角度依存性があるものだと思われてきましたが、非周期的な構造を取り入れるなど新たな試みによって、“構造色にも多様性がある”ことを具現化した意味は大きいです。私が論文を発表した同時期に、青い鳥の羽の中の細孔が短距離秩序を有して角度依存性がないこと、細孔構造の中には黒色のメラニン顆粒があることが分かり、こうした様々な方の論文や助言が今回の成果につながったと考えています」。

少量の黒い微粒子を入れた高分子ゲルの色変化


光り輝くモルフォ蝶の標本

世界基準を見据え、研究による可能性を示したい

 私たちの生活の中で顔料・染料は様々な用途に使用されているが、ヨーロッパを中心に“環境や人にやさしい安価な材料”の利用を促進する動きが広まっており、低環境負荷かつ非退色性の色材を低コストで製造することは大きな意義がある。しかし、現実には耐久性やコスト上昇の懸念があり、企業の実用化にはハードルもある。白と黒を混ぜて多種多様な色が出るのは不思議なようであるが、すべての光を含む白から、ある部分だけを抜くことで色が見えるとも言える。竹岡先生は、環境学会や大学セミナーなどで、こうした初歩の段階から講演し、構造色による発色が一般にも使えるという理解を促している。
 「様々な色を出せることは分かりましたが、現在は、眼の角膜の構造を利用して弾性と粘性の強い複合化材質の強化に取り組んでおり、応用次第では透明なコンクリートや超強化ガラスも実現可能です。私たちは商品開発をしているわけではなく基礎研究が主ですので、こうした可能性を提示していくことが責務であると感じています。欧米には伝説で、聖杯『ホーリーグレイル』を授かるのが騎士の本望、という話がありますが、私も自らのホーリーグレイルというべきテーマを一生かけて追究していきたいと思います」。

(取材日 平成28年4月12日 名古屋市・名古屋大学)
プロフィール
竹岡 敬和 さん    1996年、上智大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。96〜98年、マサチューセッツ工科大学物理学科博士研究員。98年、横浜国立大学工学部助手。2004年、名古屋大学大学院工学研究科助教授を経て2007年から現職。研究課題は、有機ゲルおよび高分子を用いる融合マテリアルの動的機能の開発。高分子学会、日本化学会、日本MRS、アメリカ化学会等に所属。