植物研究助成

伊豆諸島で発見した異なる 進化のパターン、小型ハナバチが花の大型化 をもたらす平行進化仮説

『伊豆諸島における長口吻送粉者の不在が植物の繁殖に与える影響』
<第26回(平成29年度)〜第28回(平成31年度)助成>

神戸大学 大学院人間発達環境学研究科
人間環境学専攻(兼任:国際人間科学部 環境共生学科)
教授
丑丸 敦史さん (理学博士)

1970年、群馬県生まれ。京都大学農学部農林生物学科から、98年に同大学院理学研究科博士課程(生物科学専攻)修了。同大生態学研究センターCOE・特別研究員、総合地球環境学研究所・非常勤研究員を経て、現職。専門は、植物生態学・進化生態学・生物多様性科学。研究テーマは、花(被子植物)の形質進化や多様性創出機構および里山や都市域における生物多様性保全を目的とした希少種の分布特性・環境依存性の解明。さらに、昆虫等の花粉の送粉者による花形質の進化の解明を目指し,送粉ネットワーク構造や水田生態系における希少種(半自然草地の草本,カエル類)の分布特性を解析。生物多様性の減少要因も究明中。共著作「草地と日本人」、「花の性・両性植物における自家和合性と自動的自家受粉の進化」、「花標に学ぶ送粉共生系」など。
   丑丸教授と、研究対象のハマヒルガオの花
丑丸教授と、研究対象のハマヒルガオの花
 


伊豆諸島で見出したハマヒルガオの謎とその解明

----植物のご研究・調査を始められたきっかけをお教えください。
もともと動物好きだったので、大学へ進学した目的は昆虫生態学を学ぶことでしたが、学部時代の実習で配られたプリントで知った花と送粉昆虫の関係を調べる研究に惹かれ、大学院からは花の生態を研究する決心をしました。卒業研究ではアサガオを栽培したのですが、その脇に咲いていたコヒルガオの花が気になり、文献を調べたところ、コヒルガオは野外では花を多くつけるが実はつけないことを知りました。これがきっかけで、ヒルガオ属植物の送粉者や繁殖様式を調べたのが、初めて行なった花生態学の研究です。

----「伊豆諸島」に着目された理由と、研究でご苦労された点をお教えください。
私の研究室へ博士課程で進学してきた平岩将良くんから、博士論文は伊豆諸島をテーマにしたいと相談があり、海洋島の研究は生態学の基礎でもあって、以前から私も望むところだったため共同で研究を始めました。伊豆諸島では本州などと比べ、マルハナバチ類やアゲハ類が少ないか分布しないことを知り、今世界中で問題になっているこれらの昆虫の激減の影響を考える上でも重要だと、注目することにしました。当初、海浜植物は、海流による種子の往来で本州も伊豆諸島も、同じ花の形をしていると考えていました。ところが、調査の中で同種でも異なる形の花を咲かせているらしいと、気がつきました。今回の助成により、8地点で多くの花を本州と伊豆諸島で比べたところ、特に花筒のある花は両地で異なり、大きな花は伊豆諸島でより大型化し、小さな花は小型化することがわかりました。島では、マルハナバチ類やアゲハ類の代わりにスズメガ類が多くみられることが、花の大型化と関係しているかもと推測しましたが、夜に低頻度なスズメガの訪花の観察はうまくいかず、本当に大変でした。また、最も注目したハマヒルガオは、本州ではマルハナバチなど大型ハナバチ媒花であるものが、島で小型ハナバチ媒花になっている実態から、なぜ小さな昆虫が訪れるのに花が大きくなるのか、これまでの知見とは異なり、謎でした。助成2年目の研究で、小型ハナバチが花弁の大きな花をより好むこと、花から突き出た長い雌蕊に止まりやすく、花粉を効果的に媒介することがわかり、小型送粉者が大きな花へ進化させる理由がわかりました。私たちの固定概念を変える大きな発見でした。

ハマヒルガオの調査地
ハマヒルガオの調査地
本州集団は青、伊豆諸島集団は赤で表示

ハマヒルガオに訪花するマルハナバチ(本州)と、   ツヤハナバチ(伊豆諸島)
ハマヒルガオに訪花するマルハナバチ(左、本州)と、ツヤハナバチ(右、伊豆諸島)

従来説と逆の進化が起きている?小型ハナバチが起因の平行進化の仮説

---- 「小型ハナバチが花の大型化をもたらす」、従来と逆の進化が意味するものは?
伊豆諸島の植物は、本州の集団や近縁(亜)種より花が小さくなると報告されています。花と送粉者の大きさが異なると、雌雄蕊にうまく触れられず、ミスマッチが生じるためと言われ、それが常識でした。ですから、小型ハナバチに送粉される伊豆諸島のハマヒルガオの花が大型化していることは非常に不思議でした。調査の結果、ハマヒルガオは大きな花が小型ハナバチをより誘引し、突き出した雌蕊が花へハチの取りつく場所になっている構造と知り、小型ハナバチが卓越する島では、より大きな花の方が適応的であることを理解しました。私たちの発見は、同じ小型の送粉者への適応であっても、元々の花の形態やサイズに依存して、違う方向への進化も起こりうるのだということに気づかせてくれました。小型昆虫への送粉者シフトが花を大きくするという発見は、例外ケースかもしれませんが、進化の方向性の自由度を示唆する意味で非常に興味深い発見です。

---- 「花の大型化の平行進化仮説」にたどり着いた理由は?
ハマヒルガオの花の大型化について、これまでの研究から私たちは、それぞれの島で独自に小型ハナバチへの適応として大きな花が進化したのか(平行進化仮説)、どこかの島で進化した大きな花が海流散布で他の島へ広がったのか(単一起源仮説)、この二説に焦点を絞りました。そこで、本州と伊豆諸島の集団の間、また伊豆諸島間の遺伝的な分化を調べ、二つの仮説を検証しました。その結果、本州と伊豆諸島には際立った遺伝分化がみられないにも関わらず形質は異なり、伊豆諸島間ではある程度の遺伝分化がみられたものの形質はあまり変わらないというもので、平行進化仮説を有力とする結論となりました。世界的にも、海洋島と近傍の大陸の同一種(近縁種)の集団の花形質や送粉者を定量的に比較し、送粉者シフトの影響を調べ、さらに集団遺伝学分析と合わせた研究はまだ少なく、重要な発見であると考えます。

各植物種の伊豆諸島における花形質の変化
各植物種の伊豆諸島における花形質の変化
植物種は花筒長の長い種から順に並べてある。長および短はそれぞれ本州に比べて、伊豆諸島で有意に長くなっていた、または短くなっていた器官を表す(平成29年度の成果)

他の植物にも花形質の差が。伊豆諸島の面白さと環境保全への提言を

----今後の研究の方向や、新たなテーマがあればお教えください。
今回、他の多くの植物で、本州と伊豆諸島間に花形質の差がみられました。これから他の種も詳細な調査を行い、種レベルではなく、群集レベルでの花形質の違いがなぜ生じるのか、小型ハナバチへの適応についても明らかにしていきたいですね。本研究は、財団の助成なしでは成し得ませんでした。深く御礼を申し上げたく思います。3年間の野外調査を通じて、海浜植物群集が様々な人威圧(開発やレジャー、海洋ゴミ)で良くない影響を受け、変貌しつつあることを痛感しました。現状を把握し、環境保全への提言をすることが恩返しでもあると思います。また、伊豆諸島は首都圏から近いにも関わらずまだまだその研究は少ないと感じます。共同研究者たちと、伊豆諸島が面白い地であると示す仕事をして、多くの人に興味を持ってもらえるよう、コツコツと研究を続けたいと考えています。

神戸大学大学院人間発達環境学研究科
神戸大学大学院人間発達環境学研究科

 (取材日 令和2年8月3日 Eメールにて)