形状記憶効果に付随して生じる超弾性効果は、8%もの大きな弾性(バネ的な)歪を得ることが出来ることから、従来より眼鏡フレームや携帯電話用アンテナなどに利用されており、近年ではステントやガイドワイヤーなど医療分野への応用が活発である。しかし、現在実用されている形状記憶合金は1961年に米国で開発されたNiTi合金のみであり、加工しにくく形状記憶処理が煩雑なため、工業的には単純形状(実際上線材のみ)でしか利用されてこなかった。
受賞者らは、1992年に10%程度のMnを含有するCu-Al-Mn合金が、高い加工性と超弾性とを合わせ持つことを見出し、その後の基礎研究により現用のNiTi合金に匹敵する優れた超弾性特性を付与する組織制御法を世界に先駆けて確立した。本合金は、製造コストがNiTi合金の1/3以下、加工性は2倍以上であり、形状記憶処理も容易なことから、NiTi合金では不向きであった複雑形状品への応用が形状記憶合金として初めて可能となった。
本新型銅系形状記憶合金について、受賞者らが積極的に実用化を推進しているのが図1 (a)に示す足指の変形爪矯正デバイスである。足爪が肉に食い込む巻き爪・陥入爪で病院にかかる患者は、全国で年間数十万人程度であるが、潜在的患者は実に10人に1人に上ると考えられている。本疾患は、ハイヒール等先の細い靴の着用によるつま先の圧迫や深爪、サッカー等のスポーツなどにより引き起こされ、爪が食い込むと赤く腫れて強い痛みを生じ、膿がたまる場合には歩行困難となる。しかしながら、今までに決定的な治療法はなく、主に爪切除など強い痛みを伴う外科的治療に頼らざるを得なかった。受賞者らが開発したデバイスは、従来のNiTi合金では作製困難な複雑形状を有するクリップ状矯正器具であり、図1(b)に示すように超弾性を示すCu-Al-Mn合金板を爪先端に装着させることで爪の湾曲を矯正する。本矯正法は、無痛かつ着脱容易な点を特徴とし、医師による臨床試験の結果、図2に示すような高い矯正効果が証明された。現在、企業と共同で本デバイスの製品化を進めると共に、新合金についてこれ以外の新しい用途に向けた製品開発を行っている。
図1 変形爪矯正器具の外観と装着法
図2 Cu-Al -Mn変形爪矯正器具を用いた巻き爪矯正の様子
(a)装着前,(b) 装着中,(c) 11 日後
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