地球環境問題が深刻化するなか、物質文明社会の持続的発展のためには、環境低負荷型触媒的精密有機合成法の開拓が有機合成化学の最重要課題である。特に、触媒回転効率(TOF)、原子効率、E-ファクター、資源問題、安全性などに配慮した高立体選択的触媒反応の開発が望まれている。
受賞者は資源少国の我が国で世界の1/3を産出しているヨウ素に着目した。ヨウ素は容易に酸化されてその原子価を拡張し、オクテット則を超える超原子価状態となるため、遷移金属のような酸化・還元性を示す。この特性を活かして、超原子価ヨウ素化合物を鉛、水銀、タリウム、クロム、オスニム等の猛毒な重金属酸化物の代替物質として有機反応に利用する研究に関心が高まっている。しかし、超原子価ヨウ素化合物のなかには爆発性が懸念されるものが多く、単離して酸化剤として用いることが困難な場合も多い。
こうした状況を踏まえ、受賞者はin situで調製した超原子価ヨウ素化合物を触媒的に用いる酸化的有機変換反応の開発研究を世界に先駆けて行い、実用的超原子価ヨウ素触媒反応を幾つも開発した。なかでも受賞者が開発した2-ヨードキシベンゼンスルホン酸(IBS)触媒は、その前駆体が純正化学、Sigma-Aldrich、東京化成工業から試薬化されているだけでなく、日産化学工業で新薬の製造プロセスの鍵段階としてIBS触媒/オキソン共酸化剤を用いるアルコールの酸化反応が実用化されている。また、次亜ヨウ素酸塩触媒/過酸化水素共酸化剤による炭素-炭素、炭素-酸素、炭素-窒素間の脱水素型カップリング反応及びその不斉触媒の開発が、世界の学術及び産業に与えたインパクトは極めて大きく、同分野の関連研究が世界中で急速な広がりを示している。
|