鉄鋼材料では、Pb(鉛)の添加により、機械的強度などの基本的性質を損なうことなく被削性(切削加工に必要なエネルギー、時間、工具等の節約と加工面精度向上等)が付与された「快削鋼」が,高精度な仕上げ加工が必要とされる部品などに使われてきた。しかし、産業廃棄物から環境に流出するPbが人体へ悪影響を及ぼすことが指摘され、快削鋼のPbフリー化も産業界の重要な課題となっていた。
受賞者は、Pb代替物質として固体潤滑性のある硫化物に着目し研究・開発を遂行した。基礎研究では、鉄鋼材料の合金設計に不可欠な硫化物を含む、多元・多相系での相平衡を計算で求めることができる熱力学関数データベースを実験および理論計算から構築し、合金組成・温度により、どのような硫化物が熱力学的に安定で存在するかを明らかにした。また、応用研究として、様々な状態図を上記の熱力学関数データベースを使ってコンピュータシミュレーションすることで、各鋼種に最適な快削鋼の合金成分を材料設計することに成功している。例えば、ステンレス鋼では、被削性や耐食性に悪影響を及ぼすTiC、Cr23C6を析出させることなく、被削性に有効なTi4C2S2を分散させた快削ステンレス鋼を開発し、Pbフリー化に成功している。
この技術は、他の難切削材料に適応され、Ni基耐熱合金、インバー合金、耐食鋼、工具鋼、Ti合金等の快削化に成功している。一方、鋼中酸素が多くTi4C2S2を利用できない低炭素快削鋼では、Crの微量添加により形態制御した(Mn、Cr)Sを分散することで、Pbフリー化に成功している。従来、合金探索のための試行錯誤的試作を繰り返すことが多かった合金開発の分野に、計算科学的手法を駆使した合理的な合金設計指針を導入することで、効率的かつ短期的に新合金を開発することに成功している。
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