市村学術賞

第50回 市村学術賞 功績賞 -01

全身透明化による全細胞解析の実現

技術研究者 東京大学 大学院医学系研究科
教授 上田 泰己
推  薦 東京大学

研究業績の概要

 技術の革新は新しい知見を生み出し、新たな知見は新しいアイデアをもたらす。2000 年前後の大規模なゲノム配列決定を契機に分子から細胞への階層における生命科学・基礎医学研究が変革した。受賞者はこれまで一貫してシステム科学的アプローチの開発と生命基本原理の解明の実現に向けた研究開発を行ってきたが、ゲノムに基づくシステム科学的アプローチは分子から細胞への階層の生命現象の理解に有効であるものの細胞から個体への階層の生命現象への応用は難しかった。そこで受賞者らは、細胞から個体へと階層を登ってゆく生命現象研究方法として、全身・全臓器を1細胞解像度で解析する方法の開発を行った。これまで分子生物学の発展により細胞内システムの解析は広く研究対象とされてきたが、主な対象は分離された細胞の解析であり、臓器・個体内の細胞の位置情報と機能情報を保持した状態で細胞を網羅的に解析することは大変困難であった。この困難を解決する為に、組織を薬物処理によって透明化する方法が長年試みられてきた。受賞者らは、光の散乱を抑制する従来法を改善して透明度を上げると共に、生体臓器に豊富に含まれているヘモグロビン中のヘムを溶出して光の吸収を抑制するCUBIC 法を開発した。同法を用いることで成体哺乳類の全身透明化(図1左)や哺乳類脳の全細胞解析(図2)を実現した。
 受賞者らが理化学研究所において開発し、東京大学において更に発展させたCUBIC 法は今後、悪性腫瘍の転移・播種の進展様式の全身可視化、免疫細胞の遊走の追跡など、個体レベルでの細胞動態や少数細胞が重要な意味を持つ生命現象・病理現象の解明に向けて道を拓くものであり、解剖学・薬理学・病理学をはじめとする医科学の各分野に対しての貢献が大いに期待される。

図

図2