市村学術賞

第50回 市村学術賞 貢献賞 -05

超耐光性有機リン蛍光色素の開発

技術研究者 名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所
教授 山口 茂弘
推  薦 名古屋大学

研究業績の概要

 有機蛍光色素を用いた生体イメージングは、現代の生物学研究に欠かせない強力なツールであり、基礎研究の発展だけでなく、病理診断や、蛍光画像のもとに内視鏡検査や手術を進める蛍光ナビゲーションなど、先端的な医療や診断システムの開発にもつながる。その進歩には、蛍光顕微鏡や解析ソフトなどのハード面とともに、有機蛍光小分子や蛍光タンパク質などの新しい蛍光色素、すなわち、ソフト面の開発が不可欠である。しかし、前者は、2014年ノーベル化学賞に輝いた超解像顕微鏡の開発に代表されるように大きな進歩が遂げているが、後者においては多くの応用研究は展開されているものの、色素骨格自体の開発では依然多くの課題が残されている。
 一番の問題は、色素の光褪色であり、顕微鏡の進歩に伴い強いレーザー光の照射が必要となる中、耐光性色素の開発は大きな進展が見られていないのが現状であった。もう一つの問題は、近赤外領域での発光性色素の開発である。深部のイメージングを可能にするには、生体の光学的窓とよばれる近赤外領域で吸収・蛍光をもつ色素の開発が求められる。これに対し我々は、リンオキシド(P=O)の分子骨格への導入という分子設計により、一連の優れた耐光性・近赤外色素を開発し、これらの問題を解決した。
 具体的には、ベンゾホスホールという基本骨格を完全に平面固定化した強固なπ骨格を創ることにより、超耐光性ともよべる光安定性をもつ化合物群を得た。この骨格をもとに分子構造を造り込み、超解像STED(誘導放出抑制)顕微鏡の3次元撮像も可能にする蛍光色素の開発に成功した。さらに、この設計の考え方をキサンテン色素骨格に展開し、キサンテン骨格へのP=Oの導入により、近赤外領域の発光を示す色素の開発に成功した。この化合物群も優れた耐光性を併せもち、一分子イメージングや超解像イメージングに応用可能である。これらの成果は、π電子系を扱う材料化学やリン化合物を扱う典型元素化学分野に新たな方向性を示しただけでなく、従来まったく用いられてこなかった色素骨格を蛍光イメージング分野に登場させたという点で、顕微鏡開発も含めた生命科学分野の進歩に貢献した。

図1