情報処理の世界においては、その黎明期以来70年にわたって、フォンノイマン型計算機アーキテクチャが中心的存在を占めてきた。しかし、トランジスタ微細化による集積回路の集積度の向上(すなわち「ムーアの法則」)が難しくなったことによって、この基本的な枠組みを変えない限り、情報処理性能の向上は難しくなりつつある。現代は、まさに計算機アーキテクチャの抜本的改革が求められている時代であると言える。
「構造型情報処理」は、処理の手順をソフトウェアにプログラムする発想から離れ、処理の構造を柔らかいハードウェアにプログラムする非フォンノイマン型の情報処理概念である。受賞者はこの概念を提唱するとともに、次々に関連の研究成果を発表してきている。
1998年に受賞者らが発表した動的再構成プロセッサ(DRP)はそのコンセプトを具現化した先駆的な研究成果である。ハードウェア構成を瞬時に切り替えることができる画期的な特徴を強みとして、2000年代に受賞者らによってその研究開発と事業開発が強力に推し進められた。現在、ルネサスエレクトロニクス社がこの技術を広くマイクロコンピュータやシステムLSI製品群に展開している。その後、2017年にはバイナリ量子化深層ニューラルネット(DNN)エンジンLSIをVLSI回路シンポジウム、2018年には三次元積層型・対数量子化DNNエンジンLSIを「集積回路のオリンピック」ISSCCで発表した。また、従来比3桁性能向上の全並列型・アニーリング処理LSIをISSCC2020で、シフト演算・直積型DNNエンジンLSIをHotChips2021で、最新のDNN思想「隠れネットワーク」に基づく乱数固定重みDNN推論エンジンLSIをISSCC2022で発表している。これら一連のAIハードウェア分野の成果は各々世界初の業績として高い評価を受けており、DRP研究で培った構造型情報処理技術をベースに、急速に発展するAI処理方式をプログラマブルなハードウェアに落とし込む一貫した研究アプローチにより成し遂げられたものである。
受賞者が提唱する構造型情報処理の概念は、先進的なAI技術が人のより良い生活のために広く社会で活用される今後のSociety5.0時代を支える高性能・低エネルギーな情報処理技術として、今後更にその役割を増していくと期待される。
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