市村学術賞

第54回 市村学術賞 功績賞 -02

重水素標識法の開発と重水素標識機能性物質の実用的合成

技術研究者 岐阜薬科大学 薬学部 創薬化学大講座 薬品化学研究室
教授 佐治木 弘尚
推  薦 岐阜薬科大学

研究業績の概要

 重水素標識化合物は、非標識体との質量数差を利用した質量分析法や核磁気共鳴による薬物動態研究・化学反応機構解明などに利用されている。重水素化による物質の安定性や機能性向上も重要で、光ファイバーポリマー、有機EL材料、中性子散乱同位体コントラストを利用した分子構造解析など広く有効性が認められている。医薬品代謝部位近傍を重水素化すると代謝遅延が期待されるため、薬効持続時間延長による投与量削減・副作用回避を目指す重水素化医薬品 (ヘビードラッグ)も注目されている。重水素化法としては、物質の炭素−水素 (H)結合を、炭素−重水素 (D)結合に直接変換するH−D交換反応が直接的であるが、高温・高圧条件を要するだけでなく、重水素源が合成コストに大きく反映するため、実用的価格での重水素化素材の提供が難しく、重水素化学発展の妨げであった。
 本研究では、H−D交換反応における不均一系白金族触媒の活性化剤として、水素分子が機能することを発見し、最も安価な重水素源である重水から、重水素が有機化合物に直接転写される効率的標識反応を確立した。触媒は反応系に水素ガスを添加するか、共存する2-プロパノールなどの脱水素反応により系内で水素を発生させて活性化する。これを利用して、白金族触媒種依存的に進行する、様々な重水素標識反応の開発に成功するとともに、医薬品をはじめとする重水素標識機能性物質やポリマー原料の簡便な重水素化法を確立し、富士フィルム和光純薬(株)の重水素標識化合物受託合成事業として実用化した。
 しかし最も安価な重水を重水素源としても、そのコストは実用化の大きな障壁となる。実用性をさらに向上させるためには、重水分子の重水素を最大限基質に転写して重水使用量を削減する必要がある。長時間連続運転が可能なフロー法やボールミルメカノ反応などで反応効率を向上させた方法論、あるいは不可能であったポリマーの直接重水素化法の開発研究も積極的に進めており、さらなる実用域拡大に継続して取り組んでいる。

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