有機化合物は、医薬品、農薬、有機材料など多くの分野で使用されており、鏡像異性体間で異なる生物活性・物性を有する。また近年では廃棄物を極力排出しない合成法の開発が望まれている。従い、鏡像異性体を高い選択性で作り分ける環境調和型不斉触媒の開発が重要な研究課題である。従来は、キラルな配位子を有する有機金属触媒が用いられてきたが、2000年に低分子有機化合物からなる「有機触媒」の概念が報告された。有機触媒は、金属を使用せず、金属廃棄物の問題のない環境調和型触媒である。受賞者は、急激な発展を遂げた有機触媒の分野を発展の初期から牽引し、中心的な役割を果たしてきた。
受賞者は、プロリンから容易に合成できるジフェニルプロリノールシリルエーテルという独自の有機触媒を開発した。この触媒は「林―Jørgensen触媒」と言われ、高い反応性、選択性、汎用性を有し、世界中で多くの不斉触媒反応に使用されている実用的な環境調和型触媒である。さらに、受賞者は不斉触媒反応の開発にとどまらず、開発した反応を生物活性物質の合成に展開し、この領域でも優れた成果を上げた。その際、有機触媒が他の反応を阻害しないという特徴に着目し、複数の反応を同一容器内で連続的に行うポット反応に展開することにより、効率的な独自の合成を展開した。多段階合成が必要な医薬品・農薬等の合成において、精製の際に多くの廃棄物が副生するのに対し、精製過程を省略するポット反応は、廃溶媒、廃棄物、時間、コストが削減できる環境調和型合成手法である。ポット反応の重要性に対し、「ポットエコノミー」という新規概念を提唱した。独創的な反応設計・精緻な反応条件の設定により、オセルタミビル(リン酸塩がインフルエンザ治療薬であるタミフル)のワンポット60分合成、Corey ラクトンのワンポット152分合成を始め、重要生物活性化合物のワンポット合成に基づく、独創的な合成を達成した。
以上、受賞者は実用的な林―Jørgensen触媒を開発し、多くの不斉触媒反応を見出し、有機合成化学の領域に大きなインパクトを与えた。また、触媒・反応の開発にとどまらず、開発した反応を生物活性物質の全合成に適用し、環境調和を志向したポットエコノミーという新規な概念を提唱し、独自性の非常に高い全合成を達成した。
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