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第44回(平成23年度) 市村産業賞 本賞
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50年以上の悲願 金よりメリットのある銅を使いたいが… |
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ボンディングワイヤは、半導体パッケージの内部でLSI等の半導体チップと外部端子を接続し、チップの電気信号を外部に伝達する基幹部材で、線径15〜30μm(毛髪のおよそ1/5)の極細線。その素材には、電気信号を高効率で伝える電気抵抗の低さ、加工性や接合信頼性等から、1950年代の米ベル研究所でのトランジスタ開発以来ずっと金(Au)が使われてきた。接続は、まずワイヤ先端をアーク放電により溶融しボールを形成、そのボールを荷重と超音波振動によってチップの電極パッドに接合後、ワイヤをループ形状に変形し外部端子に接合する。この操作を1本当り0.1秒以下の高速で繰り返す。因みにPC向けチップセットLSIでは50μm間隔で1200本を接続する。 しかしAu価格の高騰に併せ、携帯電話やデジタル家電、自動車等の普及に伴うLSIの高機能・高密度化と低コスト化への要求が高まる中、半導体業界ではAuより低価格で電気伝導性に優れ高速化や細線化が可能な銅(Cu)が注目され、ワイヤ開発が進められた。ところがCuには大気放置中の酸化や低接合性、高温環境での長期信頼性等に難があり、トランジスタ等の単機能半導体向けに一部使用されたが、高機能・高密度LSI用としては実用化に至らなかった。
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「近いところに解はない」で断念されていた被覆構造ワイヤを開発 |
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実用化は困難とされながらも、低価格で素材として優れたCuへの期待は高く、その難点を克服するチャレンジは世界の多くの企業で試みられたが、いずれも失敗していた。そうした中の平成14年、新日鐵先端技術研究所が着手したのが、従来の単一構造ワイヤを前提とした技術開発でなく、Auや銀(Ag)等、ワイヤ素材として使用される貴金属でCuの表面を覆う被覆構造の検討である。しかし、この方法は技術難度が高く、特にボール形成時での芯部の未溶融(Cuワイヤと被覆材が同時溶融しない)、ボールの真球性低下、ボール内の気泡発生等、単一Cuワイヤにない新たな問題が起き、業界ではボンディングワイヤへの商品化には不適と断念されていた。 材料設計から生産性、長期信頼性までを視野に入れた材料技術開発を進めていた先端技術研究所は平成17年、ついにCuワイヤへのパラジウム(Pd)被覆の有効性を発見。翌年には最先端LSIの要求基準を満たすPd被覆とCuワイヤの最適構造を明らかにした。「近いところに解はないという発想の転換、つまりAuやAg等でなく、高電気抵抗等でワイヤ本体には使えない、遠いところにあるPdへの着目が成功への扉を開けたのです」(宇野主幹研究員)。 |
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ボール形成と密着性を極め、数百kmにわたって均一な被覆を施す |
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開発されたワイヤは線径20μmのCuワイヤ表面に、適正な電気抵抗と融点を持たせCuワイヤと同時溶融する厚さ0.1μm以下の超薄Pd被覆層を形成したもの。単純なPd被覆では偏芯ボールやループ形成時の被覆剥離が発生するため、Pd被覆層をPd単層とPd原子とCu原子が混じり合う拡散層との2層構造とし、単層で耐酸化と偏芯ボール発生防止、拡散層で密着性向上、曲げ耐性強化等を図った。 この複雑な構造で、超薄の被覆層を持つワイヤの量産技術開発を担当したのが日鉄マイクロメタルである。 「1ロット数百kmにわたり断線のない均一なPd被覆や、異なる部材の同時・均一・高速加工の実現には、実は技術的に行き詰まり、商品化は無理かと思うこともありました」(山田技術開発部長)。しかし独自の材料・プロセス技術開発により、表面処理、伸線、拡散層形成等を一貫工程で制御する量産技術確立を成し遂げる。 こうして50年来の課題を解決した世界唯一の2層被覆構造Cuワイヤは、「EX1」と名付けられ平成21年、日本、フィリピン、中国で商業生産を開始した。
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“AuからCuへの大転換”をリード EX1は被覆Cuワイヤの世界標準となった |
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量産開始後、EX1は早々に世界の実装受託メーカートップ10で採用され、使用累計はすでに地球80周分、320万kmに達した。全ワイヤ市場における被覆Cuワイヤのシェアは平成23年で17%、同25年には35%と急増を予測。被覆Cuワイヤの世界市場ではシェア80%超と、業界悲願の"AuからCuへの大転換"をリードし、被覆構造などの特許網をグローバルに構築することで世界的ワイヤメーカー2社へのライセンス契約を締結するなど、世界標準となっている。EX1はまたLSI組立コストを最大20%削減すると共に、長期保管で酸化したCuスクラップ問題も解消。さらに希少資源である貴金属の使用を99%削減(Au−100%、Pd+1%)。Auの削減量は年間1400億円に及ぶと試算されている。 今後、Auワイヤの1/5以下の低コストを実現したEX1は全世界の半導体製造業界における装置・部品・材料等の市場拡大を牽引しつつ、LSIの大電流化、低消費電力、高温耐熱性を一層促し、ハイブリッド車や電気自動車の基幹部品の高信頼化、電力の高効率化や省エネに不可欠なパワー半導体等環境対応商品の普及に多大な貢献が期待される。その明日に向かい、宇野さん、山田さんは「日本発の革新的技術への信頼とブランド力をより高め、新興国を含むグローバル展開にさらに力を尽くしたい」と熱意を漲らせていた。
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(取材日 2012年5月15日 富津市・新日本製鐵総合技術センター) | ||
プロフィール <新日本製鐵株式會社 先端技術研究所> 材料要素技術、プロセス要素技術、材料解析科学、数理科学等、鉄鋼から先進材料、エネルギー・環境分野まで、新日鐵グループ全体に関わる高度共通基盤技術の開発を推進。 <株式会社日鉄マイクロメタル> 1987年創業。国内外で半導体用電子材料(金ボンディングワイヤ、銅ボンディングワイヤ、半田ボール)の製造、販売を事業展開。本社は埼玉県入間市。 |