市村賞受賞者訪問

FTTH(Fiber to the home)装置の開発と実用化

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第50回(平成29年度) 市村産業賞 功績賞

三菱電機株式会社
情報技術総合研究所 通信技術部 主席技師長  小崎 成治 さん
コミュニケーション・ネットワーク製作所 光通信システム部 主席技師長  片山 政利 さん
半導体・デバイス第二事業部 事業部長  吉田 一臣 さん

世界の通信網を担うPONシステムに1990年代から参入

 光ファイバー通信は、1970年代に研究が始まり、多くの画期的な技術革新によって飛躍を遂げた。当初、適用先は長距離・大容量を必要とする通信に限られたが、90年代に入りインターネットが普及すると、一般家庭向けのアクセス網にも光ファイバーの容量拡大の期待が寄せられた。その結果、1対多(ポイントツーマルチポイント)で接続し、料金的にも利用しやすい「PONシステム」の研究が活発化した。三菱電機はPONシステムの要素技術開発をいち早く手がけ、1980年代後半からシステムの主要技術を開発。また、低コストで高速なシステムへの期待に応えるため、保有する要素技術をベースに、IC、デバイス、トランシーバーの自社開発を進め、それらを実装したOLT、ONUからなるシステムを完成させてきた。2001年に入り、IEEE規格に準拠したイーサネットベースの1GbpsのGE-PON標準化が始まり、2003年にはGE-PON商用化システムに着手し、2004年に実用化を完了。FTTH技術の標準化による、社会インフラの構築に貢献した。

GE-PON黎明期、手探りの試行錯誤から高速同期技術を確立

 かつてインターネット接続の主流は電話線を使ったADSLだったが、それを1本の光ファイバーに替え、通信事業者側のOLT装置と、複数のユーザ宅にあるONU装置で共有する。これがGE-PONのベースであり、1Gbpsもの大容量データを速く、経済的に送受信できる仕組みだ。光による大容量通信は今でこそ誰もが享受できるサービスだが、その実用化と普及には幾多の試行錯誤が重ねられた。三菱電機のGE-PON実用化への試みは2001年から始まった。まず挙げられた課題は、複数ユーザのONU装置からの信号を、OLT装置で受信する技術だ。仮に3者のユーザを対象とすると、下りデータの場合には3者分をまとめて送り、各ONU装置が自分宛のデータを受け取るだけでよい。しかし、上りデータの場合は、距離がまちまちのユーザから出てくるデータがぶつからないように、タイミングをずらさなければならない。本来、システムLSIがあれば、大部分の時分割多重の制御は可能になるが、当時存在したのはベンチャー企業の初期サンプル品のみ。基本的なPONの制御程度しか回路には落とし込めていなかった。そこで、三菱電機、通信事業者、チップベンダ間の密な協力体制がとられた。その結果、データを効率よく隙間なく詰め込みながら応答性も上げた「高速同期技術」を苦心の末に確立。GE-PONでは他のPON方式と比べ、大幅なスペック変更があったが、バースト(こま切れ)データの送受信技術を短期間で新方式へ移行し、対応するICを完成させたのは大きな前進だった。

1本の光ファイバーあたり1Gbpsのデータを複数ユーザで共有するGE-PONシステム

専用ICの集積化により小型化、低コスト化した光デバイス(左:OLT用、右:ONU用)

コンパクトにまとめられたOLT装置(通信事業者ビル内装置)

積み重ねられた技術の研鑽が、世界初のレーザ技術に結実

 こうしてGE-PONの基幹技術を完成させた後、併行して開発の進む要素にも次々に革新的な技術が生まれる。大容量化する通信では、データの送受信と共に通信効率の向上も課題だった。そこで取り組んだのが、「帯域割当技術」だ。1つの帯域を複数のユーザで共用することを帯域共用と言うが、この時、ユーザ毎に割り当てる帯域量を動的に変更する「動的帯域割当(DBA)」に注力した。DBAでは、各ユーザの要求データ量の情報を吸い上げ、割り当て量の計算と割り当て情報の送信を素早く行うために、高速性重視のハードと効率性の高いソフトに役割を分散するアーキテクチャを採用した。その結果、低遅延と高効率の両立で、通信効率を18%向上させている。加えて、高性能な光デバイスの核となる半導体ウェハの「埋め込み型回折格子技術」も開発した。従来のDFBレーザに比べて、新たに採用したDFBレーザの独自性は、回折格子を活性層と離して埋め込み、形成したことにある。これにより、安定した結晶品質と形状および寸法精度を達成し、波長の均一性や純度を高めることに成功した。三菱電機の半導体レーザ開発の歴史は、1960年代にまでさかのぼる。いち早く室温発振を実現したことで幾多の賞に輝いたが、その後もプロセスや結晶成長技術といったコアテクノロジーの改良、開発を積み重ね、世界に先駆けたGE-PONのレーザ技術として結実した。まさに三菱電機の真骨頂と言えるだろう。

GE-PON通信には、通信用半導体レーザの波長の均一性が必須。新DFBレーザは高精度な回折格子を実現して、高性能光デバイスを可能にした

情報通信技術の拡大を支え、社会インフラ構築に貢献していきたい

 数々の先進的な技術を搭載した結果、三菱電機のGE-PONシステム装置は国内シェア45%、OLTおよびONU用の光デバイスは、世界シェアの半分を占めるまでに普及した。しかし、国内や世界でやり取りされるデータ量は今後も増大すると考えられており、その目標は次なる課題へ向く。既にキーパーツである光トランシーバーは、10Gbpsに対応した機種を海外へ展開。また、高速化にはコスト増が伴うが、PON装置開発で培った産業技術を駆使し、高速化と低コスト化の両立を目指している。
 「現在は10Gbpsのシステムを国内のみならず世界へ普及させるべく努めています。今後、FTTHだけではなく、5Gモバイルや公共インフラなど、社会で広く使われるよう、情報通信の高速大容量化に尽力していきたい」と開発チームの士気は高く、最先端技術陣の社会貢献に期待が高まる。

取材に参加した「FTTH装置」研究開発メンバーの方々

三菱電機の情報技術総合研究所(鎌倉市大船)

(取材日 平成30年4月19日 神奈川県・三菱電機 情報技術総合研究所)
三菱電機株式会社 概要
1921年、三菱造船から分離独立する形で設立。総合電機メーカーであり、三菱グループの中核企業として、家電、昇降機、半導体、人工衛星まで様々な製品を開発・販売する。情報技術総合研究所は、1995年にそれまでの4つの研究所を統合して誕生。情報技術部門、メディアインテリジェンス技術部門、光電波・通信技術部門がある。IoTが重視される今、安心・安全の実現に情報通信技術で貢献すべく、日々、要素技術の開発に挑んでいる。従業員数34,743名、売上高4兆2,386億円(2017年3月期)。