植物研究助成

植物研究助成 18-07

伊豆の天然記念物を基準とした樹木の分子系統地理学の基盤作り

代表研究者 千葉大学 大学院園芸学研究科
教授 安藤 敏夫

背景

 植物分子系統地理学の成果によって、同一種にも遺伝子型(ハプロタイプ)が異なる複数系統があり、各々別の地域にすみ分けている実態(系統地理学的構造)が分かってきた。系統地理学は、植物が「どこからやって来たか」を解明する科学として注目され、本邦樹木ではモミ属など6属で成果がある。ところが、この系統地理学には次のような愁眉の問題がある。「ある植物に対して、最初の研究者が、DNA領域Aの配列の相違から1型と2型を区別したとする。その後、1型だけを詳しく調べた次の研究者が、別のDNA領域Bの配列に2種類を発見して1-1型と1-2型と定義した。だが、最初の研究者が1型と定義したものが、1-1型なのか1-2型なのか、遡って調べる手段がない。」分類学の『タイプ標本』に相当するものがないために、最初の研究者が1型と定義した個体を、後続研究者が参照できないからである。遺伝子型の『基準個体』を定義しておくべきであった。

目的

 この反省に立って、伊豆を含む地域に分布する樹木の系統地理学研究を行うための基盤作りが本研究の目的である。具体的には伊豆と紀伊半島に分布する樹種について、天然記念物に指定されている個体の葉緑体DNAの塩基配列を調べ、それらを『基準個体』とする遺伝子型を定義し、識別マーカーを開発して、当該樹種の系統地理学研究の基盤とする。

方法

 太平洋沿岸の生態系の基礎を成す樹種から、伊豆および紀伊半島に天然記念物に指定された大径木が存在するクスノキ、イスノキ、タブノキ、スダジイなどの各々に対して以下の研究を進める。(2)天然記念物の指定母体(都道府県の教育委員会)から葉の採集許可を得る。生葉を採集しCTAB法によって全DNAを得る。(2)変異が大きいと考えられる葉緑体DNAの16遺伝子間領域をユニバーサルプライマーで増幅し、約20,000塩基の配列を読み、遺伝子型を定義する。(3)遺伝子型判別マーカーを開発する。

期待される成果

 伊豆を含む太平洋沿岸暖帯の生態系の基礎を成す樹種について、(1)分子系統地理学的研究の基盤となる『基準個体』が定義され、(2)研究者が共有できる体制が整い、(3)変異が存在するDNA領域が特定され、マーカーが開発されて、(4)研究者が当該樹種の系統地理学研究を進めるためのツールが整備され、(4)伊豆の植生の歴史を解き明かすための準備が整う。(5)伊豆・紀伊半島の天然記念物の価値を高め、一層の保護施策を促す。