植物研究助成

植物研究助成 32-03

伊豆諸島におけるセミ生冬虫夏草類の宿主シフトの解明

代表研究者 筑波大学 山岳科学センター 菅平高原実験所
准教授・所長 出川 洋介

背景

 “冬虫夏草”と総称されるキノコの仲間は、生きた昆虫を殺して栄養を摂取する昆虫寄生菌である。複数の種を攻撃する多犯性の種も存在するが、多くは特定の種に対して宿主特異性を示す。富士・箱根・伊豆地域には13種のセミ類が知られるが、伊豆諸島では南下に伴い種数が減少し、伊豆大島には7種、神津島には5種、御蔵島には3種、八丈島にはツクツクボウシ1種が分布している。菌類は胞子で分散する微生物であり、胞子は島嶼に到達できても、本来の宿主が不在の場合、別の宿主に発生する可能性がある。本州では別種のセミに発生する冬虫夏草が八丈島ではツクツクボウシに発生する例を過去に観察している(未発表)。本州・伊豆半島とは異なり、伊豆諸島では冬虫夏草類等の寄生菌類の宿主シフトが頻繁に生じている可能性があるが体系的調査前例は無い。

目的

 伊豆半島から伊豆諸島にかけて冬虫夏草の宿主シフト現象がどれほど起きているのかセミ生冬虫夏草を材料に選び、実態を明らかにする。そして、本来の宿主に発生した本州産と、異なる宿主に発生した島嶼産の菌の間に遺伝的分化があるのかどうか解析し、宿主特異性をもたらしている要因の特定を目指す。

方法

 伊豆半島、函南原生林と伊豆大島、神津島、御蔵島、八丈島で5月から8月にセミ生冬虫夏草の子実体を探索する。採集された冬虫夏草と宿主のセミの正確な種同定をして、半島と各島で寄生菌と宿主の対応関係を比較する。また分離培養菌株を確立し、指標となる然るべき複数の塩基配列決定をして既知菌株の配列も含めて系統解析を行い、各産地間での遺伝的分化の有無を検証する。

期待される成果

 伊豆半島から伊豆諸島にかけて種数が減少していくセミ類とセミ生冬虫夏草の関係は、宿主特異性解析の格好の材料である。宿主シフトとともに遺伝的分化が認められる場合には、島嶼部で宿主特異性の変化による種分化の現場が押さえられることとなる。遺伝的分化が認められない場合には、冬虫夏草の宿主特異性の成立には、免疫応答等の内的要因ではなく、島嶼生態系内でのニッチ等の生態学的要因の影響が推定される。いずれの場合も、宿主シフトを介して宿主特異性成立のメカニズムに迫ることができ、冬虫夏草をはじめ、寄生菌類における種多様性生成要因の理解に一石を投じる成果が期待される。