植物研究助成

固着生活の植物は変動環境にどう適応しているか。「光合成の場」を野外で計測、標本を傷めない技術

『植物の光環境への適応を制御する葉緑体光定位運動の非破壊的測定技術の開発』
<第29回(令和元年度)助成>

九州大学 大学院農学研究院
環境農学部門 森林環境科学(造林学分野)
准教授
後藤 栄治さん (農学博士)

九州大学 大学院農学研究院環境農学部門 森林環境科学(造林学分野)准教授 後藤 栄治さん (農学博士)1983年、熊本県生まれ。 2006年3月、九州大学農学部卒業。08年3月、同大 生物資源環境科学府 博士前期課程修了。11年3月、同学府 博士後期課程修了、博士号(農学) 取得。同年4月、同大大学院理学研究院 学術研究員。12年4月、同大学院農学研究院 助教。2021年7月、同研究院 准教授。現在、同院の環境農学部門・森林環境科学講座の造林学分野で後藤栄治研究グループを率いている。専門は、植物生態生理学。研究テテーマは、「植物の環境応答」で、特に「光」に着目。18年、同研究グループは京都大学や首都大学東京との共同研究で、葉緑体を細胞上面に集め、植物の生産性を向上させることに世界で初めて成功し、マスコミからも注目された。日本植物学会、日本森林学会の両奨励賞を受賞。趣味はスポーツ観戦。
   財団の助成金贈呈式で謝辞を述べられる後藤准教授
  財団の助成金贈呈式で謝辞を述べられる後藤准教授



移動できない植物はどうやって、変動する光環境に適応してきたか

---- 植物のご研究・調査を始められたきっかけをお教えください。
地元の自然に囲まれて育ち、子どものころから生き物は大好きで多くの動植物に接してきたのですが、家でニワトリを飼っていまして、時々それが食用にされるのです。それが子どもにはショックでした。そのせいもあり、大学に入って専攻を動物か植物か選ぶ際に、迷わず植物学を選択しました。最初は、植物全般に興味があったのですが、徐々に森林環境の特に下層の低木や下草類に注目するようになりました。さらに、さまざまな環境下で植物がどうやって適応し、進化してきたのか。季節や日々変化する自然状況のもとで、どのような仕組みで対応しているのか、その生態の謎にとても興味を惹かれました。当時、「光合成」の研究が盛んに行われていましたので、私もその道へ進むことにしました。

----「光環境」に着目された理由と、研究でご苦労された点をお教えください。
森林の研究調査に行きますと、高木の下の光があまり当らない場所にも、下草類やシダ、地衣類などが元気に繁茂している状況を目の当たりにするのですが、どうしてわざわざ光の乏しい場所に繁殖するようになったのか、どうやって光合成をして成長しているのか。地球上の植物の70%以上は、光を樹木で遮られた林床の光環境に適応し生育しています。この疑問を解き明かしたいと思ったのが、現在の研究につながっています。最初は、光合成そのものの仕組みを研究していたのですが、ある先生との出会いから、葉緑体の運動に大変興味を持ち、いわばスケールアップした視点の「葉緑体光定位運動」研究のきっかけとなりました。そして、苦労したことと言えば、とにかく昨年来の新型コロナの流行で、思うように各地でのサンプリング調査へ行けなくて大変でした。当初、多くの植物種の現地調査を予定していた貴財団の植物研究園や伊豆半島へも行けず、何とか九州内の照葉樹林帯や奄美大島の調査で研究データをとりまとめました。

奄美大島でのサンプリング調査

「葉緑体光定位運動」の不思議、葉緑体の集合反応と逃避反応

----「葉緑体光定位運動」の仕組みと、これまでに分かったそのシステムは?
光合成の場である葉緑体は、周囲の光環境に応じて最適な光合成を行うために細胞内を移動しているのですが、これが「葉緑体光定位運動」です。葉緑体は、弱光下では光受容を最大にするため葉の表面側に集まり(集合反応)、強光下ではいわば日焼けを防ぐため直射光を避けて細胞の縁に移動します(逃避反応)。これら2つの反応は、青色光受容体フォトトロピンによって誘導されることまでは分かっているのですが、どのように2つの反応を切り替えるのかは、まだ分かっていませんでした。興味深いことに、フォトトロピンは、細胞膜と葉緑体外膜に局在しています。細胞膜にあるフォトトロピンは光に集まる反応を誘導、葉緑体外膜のフォトトロピンは光から逃げる反応を誘導しているのではないか、と推測しました。そこで、前年度に開発した固定式の測定機器を用いて、モデル植物の葉緑体運動を解析。その結果、推測通り、葉緑体外膜にフォトトロピンが多い植物では葉緑体が逃げる反応のみが検出されたのですが、予想に反し、細胞膜にフォトトロピンが多いと、集まる反応・逃げる反応の両方を誘導できることが分かったのです。

光に依存した葉緑体の局在変化   フォトトロピンの細胞内局在の模式図


---- 新開発の測定技術の成果と、林床植物の新たな知見をお教えください。
研究を進めるため新たに、野外で、葉緑体光定位運動を明確に示す植物種と、運動性が低い植物種を、汎用的なカメラで非破壊的かつ簡便に判別できる技術の開発をめざしました。葉緑体を運動誘導する青色光の変化を測定し、同時に細胞内の葉緑体の位置で変化する赤色光も測定、光定位運動のある・なしの検出がその場で初めて可能となりました。そして日本の林床でのみ生育する107種を調べた結果、その多くが葉緑体の運動性が低く、代わりに葉の柵状組織細胞が葉面に対して逆円錐形で、円錐側壁に葉緑体が並び、散乱光の受容効率を高めていることも分かりました。これらの種は、光吸収効率が高いために直射日光に曝すと短時間でも枯れてしまいます。このような種の中には絶滅危惧種または準絶滅危惧種に指定されている植物が存在するので、葉緑体光定位運動を指標に、逆円錐形の細胞をもつ植物を判別できれば、生態系や植生保全での重要な情報を提供できるようになると思います。

同じ光環境で45日間生育させた、通常植物(左)と常に多くの葉緑体を細胞上面に集めた植物(右)の生育写真

イネ科の葉緑体光定位運動の新発見。環境保全と資源保護、農業への応用も

---- イネ科植物についての新たな発見と、今後のご研究の展望をお教えください。
これまで葉緑体の運動がないと考えられてきたイネ科植物で、葉緑体光定位運動が起きていることを発見しました。イネ科は多種あり、林床など暗い環境に適応した種は葉緑体の運動性が高く、直射日光など強光に適した種は運動性が低い。葉緑体運動は光環境への適応で変化します。人間の品種改良で変化した可能性もあります。今後の研究は、この葉緑体光定位運動の測定を多方面に広げ、生物多様性の保全や希少種などの資源保護、環境破壊を未然に防ぐなど、世界規模での調査も行いたいです。葉緑体運動を人工的に制御できれば、農業など食料問題にも貢献できると思います。

九州大学農学部大学院農学研究院(伊都キャンパス・ウエスト5号館)

 (リモート取材日 令和3年6月9日)