南方から海流に乗ってきた植物はどう進化して限界を広げたのか。分布境界線の成り立ちと今後の変化は?
『南方起源海流散布植物における分布限界の決定要因の解明』 <第29回(令和2年度)〜第30回(令和3年度)助成> 京都大学 大学院理学研究科 植物学教室 植物系統分類学研究室(多様性生物学) 准教授 山 浩司さん (理学博士) 1978年、東京都生まれ。2001年、東京都立大学理学部卒業。03年、同大大学院理学研究科修了(理学修士)。06年、東京大学大学院理学系研究科修了(理学博士)。千葉大学理学部生物学科 学術研究支援員。07年、同大大学院理学研究科 JSPS特別研究員PD。10年、同大学院 特任研究員。ウィーン大学植物系統進化学分野 JSPS海外特別研究員。12年、東大総合研究博物館 特任助教。15年、ふじのくに地球環境史ミュージアム 准教授。18年〜現在、京都大学大学院理学研究科生物科学専攻 准教授、総合博物館連携教員。専門は植物系統進化学、生物地理学、島嶼生物学を中心とした多様性生物学。多様な陸上植物がどのように進化して、現在の分布域を獲得するに至ったのかを明らかにしていく。様々な地域や植物を対象にフィールドワークからラボワークまで幅広く、系統進化や集団構造の見地から種多様性の維持・創出機構の理解を目指す。受賞 : 09年日本植物分類学会奨励賞、16年日本植物学会奨励賞。論文多数。 |
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「ハマオモト線」の謎と植物分布境界の解明に挑む
---- 植物のご研究・調査を始められたきっかけをお教えください。 | |||
小学生の頃は昆虫採集が好きで、動く昆虫を捕まえることに興味がありました。昆虫を飼育していくなか、中学くらいから生物や生命に漠然とした関心がありました。誰も知らないことを解明したいという思いが強くなり、高校での将来の夢は研究者でした。そして、都立大の理学部生物学科に進学し、学業と漕艇部の部活動に没頭。学部3年生の野外実習選択時、漕艇部の大会日程の兼ね合いで、唯一履修可能だった植物系統分類学研究室の野外実習を取りました。それまでどちらかというと動物に興味がありましたが、採集した植物が必ずしも図鑑と一致しないことに納得できず、それが植物学にのめり込むきっかとなりました。都立大には日本の植物学の父・牧野富太郎博士の標本を多数収蔵した牧野標本館があり、卒業研究生として小笠原諸島の植物研究を始めました。小笠原固有のモンテンボクの島間での形態的・遺伝的分化を突き止め、種子海流散布能力の喪失を発見。モンテンボクの起源を解明するため、博士課程は東大小石川植物園で、汎熱帯海流散布植物の系統地理学的な研究を開始しました。
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----「ハマオモト線」と南方の海流散布植物に着目された点、その調査のご苦労は? | |
博士課程で研究した汎熱帯海流散布植物のオオハマボウの分布の周辺地域では、固有種が種分化しています。その中で温帯域まで分布を広げたのがハマボウです。ハマボウを調べれば、熱帯起源の海流散布植物が分布を熱帯以外に広げる際の進化的プロセスが分かると思いました。日本の南方起源の植物、ハマボウ、ハマナタマメ、ハマオモト、グンバイヒルガオ、ハマアズキ、イワタイゲキ、これらの分布はハマオモト線という生物の分布境界線とほぼ一致しています。ハマオモト線は京大植物学教室の大先輩・小清水卓二先生が提唱し、年間平均気温15度、冬の最低気温の平均-3.5度のラインです。この境界線の形成過程を現代的な手法で探ることが、後継研究者の使命とも感じました。また、地球温暖化が生物の分布に及ぼす影響について知る上でも、ハマオモト線は注目に値すると考えました。ハマボウの研究を本格的に始めたのは2013年で、もう10年近く続けています。フィールドワークは苦労の連続で、日本には自然海浜がとても少ないため、植物を見つけ出せないこともしばしばあります。現在は、研究室の学生も一緒にテーマに取り組んでいます。得られたデータから、どんなストーリーが紡ぎだせるのか、そのストーリーをさらに強化するにはどうしたら良いのか日々議論を積み重ねています。
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分布限界の決定要因、遺伝的な違いや種子浮遊率
---- 集団ゲノミクス・種子散布能力・海流散布パターン、分布限界の決定要因とは? | |
現在の分布がよく似た植物同士の遺伝構造を集団ゲノミクスの手法で比較し、まず共通性と個別性を区別します。共通パターンがあれば、そこには地史的な背景があるはず。一方、個別パターンは固有の歴史性や生態的な特徴に起因している可能性が高い。特に着目している固有の生態的特徴は、種子の散布能力です。海流散布植物は、植物種ごとに散布能力(浮遊できる時間)に差があることが確かめられています。この散布能力の差が分布限界の決定要因に深く関わっていると考えています。例えば、現在でも分布が北上し続けている種では、南方から相当数の種子の供給が行われている。この場合、地理的距離に相関した遺伝構造はできにくい。一方、非常に遅い速度で分布が北上、または偶然の散布で北上が起こり、分布が形成された種では、各地集団の遺伝的分化が進んでいく。ただ、実際の種子散布の歴史はわからないので、逆に遺伝構造から歴史を紐解こうというのがこの研究です。最近では、海流がどう浮遊物を運ぶか、シミュレーションができるようになり、浮遊物のスタート地点と量、浮遊期間を与えることで、ある地域への浮遊物の到着確率が求められます。これを海流散布植物にも適用し、海流の流れと分布の関係や種子の定着を調べたいと考えています。
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---- イワタイゲキの遺伝構造と、ハマボウの個体・地域別の海流浮遊率とは? | |||
まず、イワタイゲキには、「南琉球」「中琉球」「北琉球〜九州・四国・本州(北琉球以北)」の遺伝的に異なる3集団があることを突き止めました。その形成過程は、南集団と北集団の分化が約2万年前の最終氷期の頃で、現在の日本列島にいるイワタイゲキのほとんどは南琉球以南に逃避していたと推測されます。ただ中琉球以北にも一部取り残された集団があったようです。最終氷期以降、気候が温暖になり、南琉球以南と中琉球以北の集団が北上をはじめ、中琉球では南琉球以南と北部の集団が交流。現在見られるような、遺伝的に異なる集団が混ざった状態になったと考えています。ハマボウでは、太平洋側と東シナ海側で多少の分化があるものの、各地域では遺伝的交流が頻繁にあると思われます。研究の結果、ハマボウは2年以上も種子が浮遊可能だとわかりました。ただ、大海原に種子が出ていってもほとんどは定着できません。浮くためには、種子内部に空隙を作ることが必要で、その分、種子に栄養分の貯えが少なくなり、浮遊能力と定着能力の間にはトレードオフが存在するのではないかと予想しています。南の集団は海流に乗ってどこかで定着できる確率は高いが、北の集団では無駄な散布が多すぎる。つまり、北の集団では近場での発芽能力に投資した方が、生き残る可能性が高いわけです。実際に、南の集団と比べると、北の集団で浮遊率が低い集団が見つかっています。
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新たな種へのアプローチ、温暖化での分布変化を読む
---- 今後のご研究や新テーマがあればお教え願えますか? | |
これまで、ハマボウとイワタイゲキの解析を進め、異なる遺伝構造の存在が分かりました。ハマナタマメも同様の解析を進め、比較したいと考えています。また、研究室の学生はハマオモトの研究も進めています。南方起源の植物が、実際にはどんな形質が進化することで、日本列島にまで生育を広げることができたのか。そして、地球の温暖化や環境変化のなか、今後どのように分布が変化していくのか、調べていきたいと考えています。
(取材日 令和4年5月31日 京都市・京都大学理学部) |