植物のプロトン駆動力アップが、省エネ型農作物で経済・環境に貢献し、低投入持続型農業を実現する
『根特異的なプロトン駆動力の増強による栄養塩吸収能力の強化』 <第31回(令和4年度)助成> 島根大学 総合科学研究支援センター遺伝子機能解析部門(植物栄養学、土壌学) 助教 蜂谷 卓士さん (理学博士) 2003年、大阪大学理学部生物学科卒業。08年、同大大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了。09年、東京大学大学院理学系研究科 特任研究員。13年、特定国立研究開発法人理化学研究所環境資源科学研究センター 基礎科学特別研究員。16年、名古屋大学高等研究院YLC特任助教。18年5月から8月まで、INRA Montpellier BPMP Visiting Researcher。18年から、島根大学総合科学研究支援センター・遺伝子機能解析部門助教。専門は、植物栄養学、土壌学。シロイヌナズナを実験材料に、遺伝学・生化学・生理学・オミクスなどの手法で植物の栄養応答、特に窒素(N)応答を研究。国内外の研究者や民間企業との共同研究も進める。最近のテーマは、「植物のアンモニウム毒性メカニズム」、「植物の全身的なN応答メカニズム」、「接ぎ木を用いた高機能植物の開発」。受賞:2019年島根大学若手研究者表彰、22年長瀬研究振興賞、他発表賞など多数。論文も多数。 |
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植物の窒素代謝と、アンモニウム毒性の解明に挑む
---- 植物への興味や、研究を始められたきっかけをお教えください。 |
中学生のころから熱帯魚が趣味で、ただむしろ水草の育成のほうが好きでした。観葉植物も育てていましたね。大学進学後は理学部で生物学を専攻し、実は卒論研究は「バクテリオファージにおけるmRNAの安定性の制御メカニズム」がテーマでした。阪大大学院へ進む際に指導教授の退官のため、研究室を変える必要があり、選んだのが、当時は阪大にいらした植物の葉や光合成の研究で著名な寺島一郎教授の研究室でした。それが本格的な植物研究のスタートになり、当初は植物の呼吸などの炭索代謝がテーマでしたが、呼吸代謝と関係が深い窒素(N)栄養の代謝に興味が移ってきました。勤務も東大、理化学研究所、名古屋大と変わるうちに、研究のメインテーマは、炭素代謝から窒素代謝やアンモニウム毒性になってきました。最近になって、ようやく窒素栄養分野の研究者として認知されるようになってきました。 |
---- 植物のプロトン駆動力に着目されたのは、なぜですか? |
植物の成長には、窒素をはじめ多くの栄養塩が必要です。ところが現在、世界人口の増大にともない、農作物の増産が求められるなか、近年の肥料価格の上昇により生産者の経済活動が圧迫されています。また、過剰な肥料の投入が、地下水汚染や温暖化ガスの排出など周辺地域の環境問題を引き起こす原因にもなっています。こういった社会背景のもと、少ない肥料でも高い生産性を示す省エネ型植物の開発が世界中で進められています。植物はおもに根の表皮細胞や皮層細胞から栄養塩を取り込みますが、そのために細胞膜を隔てた水素イオンの電気化学ポテンシャル勾配に蓄えられたエネルギー(プロトン駆動力)が利用されます。プロトン駆動力は細胞膜プロトンポンプとよばれるタンパク質のはたらきによって形成されるため、このポンプの力を強めれば、低肥耕作地でも効率よく栄養塩を吸収できると着想しました。 |
接ぎ木で乾燥耐性は変えず、栄養塩の吸収と成長を向上
---- プロトン駆動力の増強はどのように行ったのですか? | |||
植物体の全体で、プロトン駆動力を過度に増強させると、葉の気孔の開口が過剰に進行してしまい、葉のしおれや植物体の成長阻害を引き起こしてしまいます。そこで我々は、“接ぎ木技術”を使って“根特異的”にプロトン駆動を増強することで、乾燥耐性を低下させずに、様々な栄養塩の取り込み能力を増強できるのではないかと考えました。そこでまず、シロイヌナズナの野生株の穂木に野生株の台木を接いだ植物と、野生株の穂木に細胞膜プロトンポンプの活性化変異株の台木を接いだ植物(=根特異的にプロトン駆動力が増強された植物)を作成しました。次に、これらの植物を高施肥条件と低施肥条件でそれぞれ栽培し、成長を解析後、植物体に含まれる栄養元素の含量をイオノーム解析しました。また、根の遺伝子発現レベルをRNAシーケンスにより網羅的に解析しました。すると、根特異的にプロトン駆動が増強された植物では、低施肥条件下で、地上物と根の成長、窒素・リン・カリウムなど11種類の栄養元素の含量、根の硝酸イオン輸送体・カリウムイオン輸送体の遺伝子発現レベルなどが、すべて増加しました。
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---- 接ぎ木をもちいたプロトン駆動力の増強によって成長や栄養元素の含量はどれくらい増加しますか? | |||
まず、接ぎ木をした根特異的にプロトン駆動が増強された植物と野生株の両方を、貧栄養条件下で栽培し、地上部の成長を比較解析しました。その結果、根特異的にプロトン駆動が増強された植物では、生重量が28%、乾燥重量は31%増加し、葉の大きさも29%増加しました。次に、地上部の栄養元素量を解析したところ、根特異的にプロトン駆動が増強された植物では、窒素、カリウム、リンを含む11種類の栄養元素の含量が23〜65%も増加することがわかりました。最後に、根特異的にプロド4駆動が増強された植物と野生株を乾燥ストレスに曝したところ、両者は同程度の乾燥耐性を示しました。以上の結果から、接ぎ木による根特異的なプロトン駆動力の増強で、植物の乾燥耐性を低下させることなく、低施肥条件下での栄養塩の取り込みと成長を飛躍的に向上できることがわかりました。
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省エネ型作物で農業貢献。アンモニウム毒性の完全解明へ
---- 今後のこ研究や新テーマがあればお教え願えますか? | |
この研究で用いた、細胞膜プロトンポンプの活性化変異株で置換しているアミノ酸残基は、多くの植物種の細胞膜プロトンポンプで保存されています。したがって、ゲノム編集技術を用いてさまざまな植物種で細胞膜プロトンポンプ活性化作物を作成できる可能性があります。今後は、低投入持続型農業への貢献を念頭に、少ない肥料投与でも高い収穫械が得られるような省エネ型作物の作出を目指したいと考えます。また、ライフワークとも言えるアンモニウム毒性の仕組みとその完全解明にも挑戦し続けたく思います。私の所属する遺伝子機能解析部門では、100以上の最新研究機器のシェア施設として、中国地方バイオネットワーク連絡会議の支援のもと、中国地方の大学や地元の研究機関、民間企業との連携も進めています。私たちの活動が地域貢献の一助となるよう努めていきます。
(取材日 令和5年6月7日 松江市・島根大学 総合科学研究支援センター・遺伝子機能解析部門) |