植物の遠隔・リアルタイム観察を、超小型分光センサで実現。
『超小型分光センサを活用した植生の多点同時モニタリング技術の開発』 <第32回(令和5年度)助成> 東北大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 領域:バイオセンサ/ナノテク・材料/薄膜・表面界面物性/応用物理一般) 准教授 宮本 浩一郎さん (工学博士) 学歴:2000年3月、国立徳山工業高等専門学校 情報電子工学科卒業。 00年4月、東北大学工学部 電子工学科 編入学。02年3月、同大卒業。02年4月〜06年9月、同大大学院工学研究科 電気・通信工学専攻(博士課程 前・後期5年)期間短縮修了。06年10月、同大学院同科 助手。07年4月、同大学院同科 助教。14年10月〜15年9月、東北大学若手リーダー研究者海外派遣事業プログラム(アーヘン応用科学技術大学(独)客員研究員)。 13年4月〜現在、同大学院工学研究科 准教授。 学会歴:14年〜23年、日本動物細胞工学会 国内・国際大会企画委員、若手活動委員会、庶務幹事を歴任。17年〜現在、日本応用物理学会 有機分子・バイオエレクトロニクス分科会 幹事、プログラム編集委員、常任幹事、庶務幹事(現在)。 受賞歴:22年、研究奨励賞「半導体化学センサによって隙間腐食をその場観察する手法の開発に関する研究」石田實記念財団。21年、みちのくイノベーションキャンプ2021「優秀賞」「Plant Health」。趣味は植物研究が高じて植物画を描くこと。 |
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バイオセンサから始まった生き物の分光測定の挑戦
---- 電子工学への興味や、バイオセンサ研究の最初のきっかけをお教えください。 |
私自身は、子供のころから生物や科学が好きで、地元の工業高専に入り、卒業後は東北大の工学部へ編入学しました。本当はソフトウェアに興味があったのですが、縁あって分光測定を得意とする研究室に配属されました。分光測定は基礎的な分析技術の1つとして広く活用されており、対象物に合わせて赤外分光、可視分光、紫外分光、X線分光など色々な光の波長を使い分けます。基本的にはサンプルに光をあて、どの波長が吸収または反射されるかによって、どんな成分が含まれているかを調べます。学生時代のテーマは、生体分子であるDNAやたんぱく質、さらには細胞の変化を、赤外光の吸収波長から解析していました。つまり赤外分光測定を活用したバイオセンサの研究です。学生の時はとても苦労したテーマでしたが、その頃の分光測定の知識が本研究の植物センサ開発につながり、さらには市村清新技術財団からのご支援を頂くに至りました。振り返ってみてとても感慨深く思っています。 |
---- 植物の測定に着目されたのはなぜですか? | |
学位取得後に現在の研究室に着任し、吉信達夫教授と化学イメージセンサという半導体センサの開発研究に従事してきました。このセンサは、pHやイオンの分布をカメラで撮ったように画像化できる半導体ベースのセンサです。これまでに手がけた測定ターゲットは生体関連のものが多く、酵素の反応や細胞、大腸菌などです。元々もの作りの学部ですから、ターゲットに合わせた測定系を手作りで開発・製作してきました。その中で、ある学生さんが大面積のセンサシステムをテーマにすることになりました。通常の半導体センサではあり得ないような、手のひら大の測定面積を持つセンサです。次はその面積を活かしたアプリケーションとして、その上で植物を育てセンサの表面で根が生長する過程を調べてみることになりました。植物は根から分泌物を出し、自分の根圏(根の周囲)を自分にと って都合の良い環境に変え整えていくという説があります。実際に、根が伸長する過程で根圏のpHが変わっていく様子を観察することに成功しました。それまでのセンサ開発では、生物の個体を扱った経験が無かったためとても印象に残るテーマとなり、根圏だけではなく植物のほかの部分、つまり地上の葉や茎を測定できないだろうかと考えるようになりました。
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植物の地下から地上へ、測定手法の模索から新技術が
---- 植物に分光センサを取り付けるその発想はどこから? |
植物の地上部を測定することを考えていた頃、コロナ禍が始まりました。当時、ニュース映像では患者さんの指に血中酸素濃度を測る機器(パルスオキシメータ)が装着されていましたよね。たまたま目にとまった技術レポートから、パルスオキシメータは単純な分光センサで、しかもその基幹部品は米粒大に集積化されたICチップとして市販されていることを知り、大きなヒントになりました。これを患者さんの指ではなく葉っぱに付けられないかと考えたのです。そこで、当時、東北大理学部に在籍されていた上妻馨梨先生(現・京都大学農学研究科助教)に飛び込みで相談に行きました。上妻先生は偶然にも植物の分光測定が専門で、植物の環境ストレス応答の測定に使えるのでは、という目の前が開けるような提案をしていただきました。 |
---- アイデアから現実に新たなセンサを作り上げたご苦労は? | ||||
農家の方は畑で作物をチェックされますが、目視は一種の光学測定だと言えます。植物研究でも、分光測定による植物の観察はずっと以前から行われており、様々なパラメータが提案されてきました。現在では、広大な農地や森林の植生をドローンや飛行機などから分光測定を行うリモートセンシングが行われています。ただ、そのような遠隔では精度の良い測定はとても難しいようです。そこで、葉の一枚ずつに超小型センサを取り付け、多くの葉を長期にわたり継続測定するコンセプトを考えました。今回頂いたご支援を通じて、植物の色調を測るセンサを活用していますが、初めは電源が確保できる室内実験用の装置開発から始めました。次の段階として、フィールド用の装置の開発と実験場所を検討していたところ、財団の植物研究助成を知り、まさに私が求めていた研究サポートでした。熱海の植物研究園は多種の植物をさまざまな季節で自由に測定できる理想的な環境です。フィールド用の密閉防水型の装置を開発し、バッテリー電源で無線通信稼働するようにしました。自作の面で色々と苦労しましたが、1時間毎に測定されたデータを、1カ月以上にわたって仙台や京都の研究室からリアルタイムにモニターするシステムが構築できました。
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超小型分光センサの活用で、多点同時に遠隔モニタリング
---- 実際のフィールドワークの成果や、クロロフィル蛍光測定など今後の展望は? | |
助成初年度は、紅葉シーズンの植物研究園を中心として約30種の植物から100枚以上の葉を採取してセンサの性能評価を行いました。センサのデータが市販の分光器のデータと良く一致することを確認できました。また、助成期間全体を通じて植物研究園でのフィールドテストを繰り返し、屋外の樹木にセンサを取り付け、遠隔でデータを収集する運用ノウハウを蓄積することができました。1本の木に複数のセンサを取り付けると、枝ごとに日照のリズムが異なること、それに連動して紅葉のタイミングも異なることを示すデータも収集されています。さらに、植物の生理学的データを得るための取り組みとして、葉緑素に含まれるクロロフィルが発する蛍光を測定することで、光合成の挙動をモニターする装置の開発も進めています。植物の環境ストレスによる光合成の変化をリアルタイムで測定できれば、農業や環境保全に役立つツールになります。今後は、水中の藻類をモニタリングしたり、植物1個体に多数のセンサを付けて個体中の生理活性分布をモニターするなど、応用分野を広げ 、研 究と利用領域を拡大していきたいと考えています。
(取材日 令和6年6月11日 仙台市・東北大学大学院工学研究科) |