ピックアップレンズの開発経験が「ユピゼータ」を生んだ |
三菱ガス化学が開発した特殊ポリカーボネート樹脂「ユピゼータEP」シリーズは、カメラ用レンズが鮮明な画像を得る際の障害となる複屈折を極限まで低減するとともに、屈折率を飛躍的に向上させた画期的な樹脂である。三菱ガス化学のポリカーボネート製造の歴史は古い。1960年代からポリカーボネート製品をラインナップ、1980年にはビスフェノールA以外の素材から特殊ポリカーボネートを開発することに成功し、様々な用途への適用や、新たな原料選択も行ってきた。2000年に入ると、CDの読み取りに使われるピックアップレンズの素材を、それまでのガラスから樹脂化する試みが始まった。レンズには、光を二つに分ける複屈折という性質がある。これは光が透明な材料に入射する際に、進行方向によりスピード差が生じることによって起こり、例えば紙に書かれた文字の上に方解石のような結晶を置くと文字を二重に見せる現象である。ピックアップレンズの開発過程では、この複屈折をガラス以外の素材でいかに抑えるか試行錯誤が続けられた。そこで培われた技術は、やがてデジタルカメラの分野に転用され、屈折率と低複屈折性で当時としても際だった性能を持つ製品を誕生させた。実際に2006年には『ユピゼータEP-4000』がデジタルカメラレンズの材料として採用され、2008年には先行の競合素材がある中、『EP-5000』が携帯カメラ用レンズとしての供給をスタートした。
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重合過程を定量化し、高品質かつ素早い製品開発を可能に |
光学材料への参入自体は後発だったにも関わらず、こうした高い完成度を実現できた背景には、粘り強い研究開発への取り組みがあった。光学レンズ材料の開発では、まず、モノマーと呼ばれる原料の選定が必要だが、各々のモノマーには、透過像を縦横に広げたり、光を様々に屈折させる性質があり、想定通りの性能を得るためには、この光学物性の制御が必須である。そこで、三菱ガス化学では、数十年に渡り蓄積された研究データと豊富なライブラリーを活用し、これらの性質を数値化。例えば+6.3の指標を持つ物質には、−6.3の物質を共重合させて、複屈折をキャンセルする。それまで特殊ポリカーボネートの合成は経験則に頼る部分が大きかったが、定量的な製造方法を確立できたことで容易に同じ素材が生成可能となり、顧客の要求水準を満たす素材を、他社に先駆けて提供できる体制が整った。
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過去最高の光学特性と良成形性共存の鍵は、新規化合物にあり |
現在、市場から最も望まれている製品はスマートフォン向けのカメラレンズだ。世界のスマートフォン市場では毎年14億台以上が出荷されているが、本体は年々薄型化する一方で、カメラユニットのレンズ枚数は平均5〜6枚に増えており、レンズに求められる技術水準は極めて高くなっている。「ユピゼータ」の最新グレードである『EP-8000』はこうした要望を受け、これまで以上の高屈折率や低複屈折性を目指したのはもちろん、良成形性にもこだわった。成形性とは、素材を金型に注入する際の流れの良さのことであり「流動性」とも言い換えることができる。プラスチックは成形の際にひずみがかかると、干渉縞で色にじみが出るため、できる限り応力をかけないことが望ましい。そこで高流動性が大切な指標になる。素早く注入でき、スムーズに広がって固まれば、複屈折は低くなるからだ。技術目標達成の鍵となったのは2種類のモノマーだ。特に1種類は、これまで医薬中間体の触媒にしか使われてこなかった新規化合物であり、プラスチック合成に使われた例はない。当然、反応の際の変化が予測できなかったが、モノマーの構造設計にまで立ち返り、成形や加工工程のすべてを見直すことで重合安定性が高められた。その結果、屈折率(nd)は1.661という、熱可塑性樹脂材料として過去最高を記録。最終的に屈折率と複屈折という異なる光学特性を高度に制御し、成形性をも向上させることで、レンズをより小さく精密な形状にすることが可能となった。
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