市村賞受賞者訪問

二次元コードの開発と進化

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第52回 令和元(2019)年度 市村産業賞 本賞

株式会社デンソーウェーブ
AUTO-ID事業部 主席技師  原 昌宏 さん
開発部 主任 渡部 元秋 さん

社会のニーズに応える次世代大容量コード

 QRコードは、誰もが無料で発行でき、スマホ等のカメラで読み取れる身近な存在だ。その誕生は、時代背景を色濃く反映する。開発の開始は1992年、バブル崩壊後、市場ニーズの多様化により大量生産から多品種少量生産へと変わったその時。製造現場では、きめ細かい生産管理が求められると共に、扱う情報量が増大。また、自動車工場では、油汚れなどでバーコードが読み込めず、生産効率の悪化や作業者の疲弊が問題だった。さらに、この時期にEDI(企業間の電子取引)構想が立ち上がり、業界標準伝票に使用する大容量かつ漢字対応のコードの要求が出始めていた。こうした社会ニーズに応えるには、バーコードでは限界があった。将来的には、IT化が本格化し、より多くの情報を高速かつ正確に処理する必要もあった。そこで、次世代の主力コードとなり、新規市場を創出するツールとして、新しい二次元コードの開発が始まった。

高速読み取りを可能にする唯一無二の比率

 90年代に、大容量の情報を扱える二次元コードは、米国で2種類が開発されていた。しかし、このコードはデータ容量を優先して、読み取り性能に問題を抱えていた。多くの情報が入っても、複雑で読み取れなければ実用化の道は開けない。そこで、新コードの開発では読み取り性能に重点を置き、一般的には読み取り装置側の画像処理で高める精度を、コードの工夫で解決しようと考えた。コードに特長を付与することは、差別化にもつながる。さらに、高度な画像処理技術を使わずに処理時間が短縮できる上に、廉価な読み取り装置でも対応可能となり、コードの普及に一役買うだろう。どうすれば、多量の情報を高速に読めるか。様々なデザインやアイデアが出される中、囲碁盤がヒントになってたどり着いた結論は、四角いファインダパターンを埋め込んだ格子状のコードだった。パターンの役割は、コードの「位置」を正確に教えることである。しかし、コードに目印を置いても、周辺に類似したものがあれば誤認してしまう。これを避けるために、当初二人だけだった開発チームは、日夜、印刷物の調査を続け、唯一無二の印の根拠となる「1:1:3:1:1」の比率を突き止めた。「帳票などで最も出現率が少ない図形を探すため、約5千ページにものぼるチラシや雑誌、段ボールに印刷された絵や文字をすべて白黒に直し、その白黒の面積比を徹底的に調べ上げました。この希少な比率が反映された新コードは、他の2次元コードの約20〜50倍の読み取りスピードを実現しました」と、原さんと渡部さんは当時を語る。こうして、ファインダパターンの白黒幅の比率が決定した。読み取り時に走査線が360度どの方向から通っても、この独自の比率を探せば、コードの位置が割り出せる革新的な仕組みだった。

走査線の白黒比率が360度同様のファインダパターン
走査線の白黒比率が360度同様のファインダパターン

高い読み取り性能とデータの高密度で実用化へ

 新コードはマトリックス型の2次元コードで、格子状に配置された白黒のセルが情報を表す。そこに、ファインダパターン(FP)、アライメントパターン(AP)、タイミングパターン(TP)という読み取り支援の領域が加わり構成される。これらの機能パターンには、セルの白黒をバランスよく配置する「マスク処理」がされ、コンピュータの高速かつ正確な処理を助ける。読み取り性能の高さに加えて、データ密度も飛躍的に向上した。従来のバーコードに比べると、縦横2次元で高密度のデータが記録でき、情報量は約200倍、記録密度は約40倍、漢字にも対応する。さらに、多くの情報を扱える事から、その一部は「リード・ソロモン符号」として誤り訂正機能に充てられた。これは、コード面積の最大30%が汚れ・破損しても、誤って読む確率が10の-9乗以下に設計され、実質的に誤読がないレベルを実現する。開発チームは、スタートから2年後の94年に完成した新コードをQR(Quick Response)コードと名付け、まずは自動車製造や小売の現場でトライアルを行ったが、その反響は事業化の成功を予感させるものとなった。

優れた読み取り性能を実現する3つのパターン

優れた読み取り性能を実現する3つのパターン
ファインダパターンは該当画像の中からQRコードの位置と外形を検出させるシンボル。3つのコーナーに配置して、周辺に文字や他の図形などがあっても、コードの位置・大きさ・傾きを即座に検出、高速に読み取れる。アライメントパターンはコードの非線形歪みを補正。タイミングパターンは内部データセルの中心座標を正確に求めるのを支援する。


QRコードの進化とバリエーション

QRコードの進化とバリエーション

災害、医療、社会基盤での活用が期待される

 QRコードは90年代には主に産業用途で使われたが、99年にJIS規格、2000年にISO規格に相次いで制定されると、電子チケットなど公共・行政・流通分野でも使われるようになった。転機は、2002年の携帯電話での標準機能化だ。インターネットへのアクセス用途に使われ、新聞・雑誌・ポスター等で、誰もがQRコードを目にするようになった。その結果、コンシューマ市場での幅広い用途開発を経て、新たなニーズが発生。誕生から25年以上経過した今でも、二層構造のセキュリティ機能を搭載した「SQRC」や、写真・イラストなどを扱う「フレームQR」、複製防止QR、電車のホームドア開閉対応、顔認証など、様々なカテゴリーで進化し、世界規模で拡大を続けている。ここまで普及した要因は、読み取り性能への妥協なき努力と、コードのパブリックドメイン化が大きい。「特許の無償開放という志が実を結んだことは嬉しいですが、それ以上に多くのお客様に支えられてきました。今後は、例えば白黒のセルにRGBなどの色情報を付加して、投薬や心電図、レントゲンなどの情報をQR コード化し、医療や災害現場での病状把握などにも役立てたいですね」と、開発チームは今後も社会基盤のニーズに寄り添う考えを語った。

初期からの開発メンバー、原さん(左)と渡部さん(右)
初期からの開発メンバー、原さん(左)
と渡部さん(右)
  デンソーウェーブ本社(愛知県知多郡阿久比町)
デンソーウェーブ本社(愛知県知多郡阿久比町)

(リモート取材日 令和2年7月10日 東京都・市村清新技術財団 本部 写真提供:株式会社デンソーウェーブ)

株式会社デンソーウェーブ 概要
 2001年10月に株式会社デンソーの産業機器事業部と、システム機器株式会社、株式会社デンソーシステムズが合併し、商号を「株式会社デンソーウェーブ」として設立。自動認識、産業用ロボット、産業用コントローラーの3事業を中心に、様々な形で社会の生産性向上に貢献するリーディングカンパニー。AUTO-ID事業部は、バーコード、QRコード、RFIDなどの自動認識機器を用いて、製造現場のミスを低減、工程管理の効率化を推進する。従業員数1,241人、売上高463億3,700万円(いずれも単独、2020年3月期)。